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ゲーム理論で読み解く現代日本―失われゆく社会性


ゲーム理論で読み解く現代日本―失われゆく社会性 (叢書・現代社会のフロンティア) 鈴木正仁さんは、現代の日本社会を、高度成長期の「農村型社会から都市型社会へ」から、バブル期までの「都市型社会から高度都市型社会へ」を経て、現代に続く「格差型社会へ」という流れにあるととらえている。
その上で、社会現象を「意味性」と「社会性」を備えた人間行為の集計とした場合、現代においては「社会性」の崩壊が問題とされていると指摘している。
副題に表れたこの思いは、多くの人が共有しているのではないだろうか。
では社会性が失われゆくのは何ゆえか。
まず職場と学校においては、かつて同期集団として平等にあった機会が、選抜の前倒し傾向が高まり、日本独自の「協調的競争環境」が失われたことにあるという。
また地域と家庭においては、集団機能の外注化が進み、共同遂行のための「拘束的依存」が崩壊したことにみる。
説得力のある視点だ。自分が感じていたことを、確かな言葉に焼き付けてくれたよう。
第一部では、社会性が崩壊した結果、「経済」が、「社会構造」が、「文化」がどう変わったかをサマリーし、新しい流れともみえるオンライン・コミュニティについて述べている。(ちなみに、オンライン・コミュニティについては、インティメイト・ストレンジャー=親密な他者=概念を中心に論じられている。)
第二部で鈴木さんは、こうした状況を「ゲーム理論」を用いて読み解いていく。
それはとりもなおさず、ゲーム理論を通して見えるジレンマ状況を抽出することにほかならない。その結果は、現代日本が抱える課題を見通す助けになるはずだ。
要点を、ざっと振り返っておく。
ゲーム理論、ことに進化ゲーム理論において重要な概念のひとつに「信頼」がある。
信頼に関していえば、現在の日本経済は、「リスクをとって信用を供与する」ダイナミズムが失われているように思える。それは、未来へ向けた協力関係が分断されているということだ。なぜそうなったのか。遠因は、「集団主義」の悪弊にあるのではなく、「市場主義社会」の展開のなかで信用が劣化したことではないかというのが本書の見立て。
どうやらぼくたちは、市場にすべてを任せるタイプの改革を単純に良しと考える立場には留保しなくてはいけないのかもしれない。
信用の劣化はまた、「互恵性原理」と「適度の社会統制」の組み合わせという、「安全」の確保策にもマイナスの効果をもたらし、「安心」にも影響を与えている。
持続的な関係における将来戦略を立てる場合、「怒り」ないし「評判」が重要になる。これらは相手への抑止力としてはたらき、戦略的優位を築くために欠かせないものだ。
また、「コミットメント問題」の解決も必要。人間はどうしても目先の利益を重視する「今ここ原理」に流されがちだが、それにとらわれず将来的な利益を重視して、自らの行動をあらかじめ一定方向に縛り付けて(コミットして)おく方がいい。
しかし、平和国家・日本は、有利な「評判」を築くための「怒り」を抑止しすぎているのではないかと、鈴木さんは心配する。また、商人国家・日本は、目先の利益を重視しすぎて、コミットメント問題の解決にも失敗しているのではないかとも。
これらが今、日本が抱えているジレンマ状況だ。
ぼくたちは、それをどう解決できるだろう?
残念ながら、見通しはない。
第6章で鈴木さんは「『社会性』をめぐる最大の病理は、社会を形成する能力それじたいの衰退にある」と述べている。
だとすればあるいは、失われつつある「社会性」を、個人の心理ではなく、社会制度として組み込むことかもしれない(社会心理学的な見地から解き放ち、ゲーム理論的な見地から?)。
そんな、おぼろげな思いもある。
ただ、ほんとうにその先に答えはあるのか? ぼくにはまだわからない。

コメント:1

sansara 2008年2月17日

sansaraこと神宮司です。本当に困ったことになってきていますね。ここで扱われている社会性の喪失、そしてもうひとつ、人口減少(仮に今日直ちに特殊出生率が2.1を突然上回っても、それでも向う30年ほどは人口は減少し続ける)、この2つが日本の目下の大問題だと思います。

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