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流線形シンドローム―速度と身体の大衆文化誌


流線形シンドローム 速度と身体の大衆文化誌 こういう切り口があったか。みごとな文化論。
流線形、streamline。今でこそ何気なくつかっているこの言葉の誕生と流行を追っている。副題にあるように、もともとは「速度」に関連した物理用語であったものが、身体性を持ち、政治的な力さえ持つようになった。
嚆矢となるのは、1905年に『サイエンティフィック・アメリカン』7月22日号に掲載された「移動時における障害としての空気抵抗」という研究報告だったという。切り裂くような突端ではなく、むしろ進行方向に向けて後部の形状こそ空気抵抗に関係していることを煙流を示して著した論文。
そして1911年、『ポピュラー・メカニクス』9月号に、「自動車に『流線形』ボディ」という記事が掲載される。これが、流線形という用語の初出だ。
その後、流線形の記事には、自然を比喩として用いる系統と、自然に規範を求める系統の二つが並立し、やがて1930年にかけて後者が頻出するようになる。鳥や魚の姿に、理想形をみる姿勢だ。
1934年の自動車「エアロフロー」の登場以降、流線形は空気抵抗を離れ、「機能性」「未来性」といったイメージとして、さまざまな家電製品や住宅デザインなどに流線形は応用される。さらには「流線形の警察組織」「流線形の思考法」など、組織や精神にまで流線形は入り込む。そしてガードルを利用した「流線形ボディ」がヴォーグなどでとりあげられ、ピークは、1939年のニューヨーク世界博覧会の未来像に。
ここで、原さんはとても重要な指摘をする。
それは、アメリカにおける流線形の思想が、優生学と結びついたという点だ。ニューヨークの世界博覧会と連動して発行されたヴォーグの未来ファッション予測特集は、ファッションデザイナーではなく、インテリアデザイナーなど、流線形デザイナーによる予測。彼らはインタビューの中で、なんのてらいもなく、未来の女性は適切な優生学的方法で、理想のプロポーションとなっているだろうと、口々に言う。
優生学的に進化した流線形(の人々)と、劣ったごつごつしたフォルム(の人)。それは今にしてみれば、暗黒の未来かもしれない。
余談になるが、ぼくとしては、だからファッションは身体を隠すより見せるものになるという彼らの指摘に、その後のSF映画の女性ファッションが身体にぴったりしたものだった背景には、そんな思想があったのかもしれないと発見し、新鮮だった。
また、『ポピュラー・メカニクス』1939年7月号の「高速道路の安全性を流線形化する」で、ミラー・マックリントック博士の「衝突理論(フリクション・セオリー)」にのっとって、「中央分離帯の設置」「クローバー型の立体交差」「高速道路への直線流入を避ける」「高速レーンと低速レーンを分ける」という現在では普通に行われていることが提唱されていたことを知ったのも収穫だった。
さて、原さんはその後ドイツと日本についても分析している。
ドイツでは流線形がより根本的なところで優生学と結びついていた。自然と工学の理想の結びつきを提唱していたドイツ。そこでは、流線形はドイツの美的感受性と科学的認識の間の関係を証明するものであったのだ(アウトバーンの設計や、あの「フォルクスワーゲン」のカブトムシ型スタイル!)。
一方、日本では流線形は国家と結びつくことも思想と結びつくことも無く、戯れとして利用されたと原さんは指摘する。文化記号論は今ではあまり省みられることはないが、下田さんはあえてそれを用い、1935年の空前の流線形ブームを紹介している。バルトが指摘した中心に空洞を抱えた東京を引き合いに出し、真の中心を持たない流線形ブームを読み解く。
それにしても、ではなぜ、日本では戯れなのか。あるいは日本は、すべてのイメージをそのようにして利用してきたのか。
もう一歩、踏み込みたくなった。

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