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研究の書棚のアーカイブ

これからの社会ってどうなっていくんだろう。ぼくたちは、どんな指針をもって生きていけばいいんだろう。
そんなことを考えるときのヒントになるような書籍を並べます。興味のおもむくままなので、トレンド的なものから、社会哲学的なものまで、基本的にノンジャンル。

テレビだョ!全員集合―自作自演の1970年代

テレビだョ!全員集合―自作自演の1970年代 何度かテレビカメラの前に立ったことがある。
「カメラ目線ですか」「いえ自然な様子で」というわけで、あえてテレビカメラを見ないようにしてしゃべる、ところが、テレビカメラのある風景を普通に考えれば、むしろカメラが気になってそちらを見るほうが自然だったりする。とすると今の自分は「自然な様子」と言えるのかどうか。
こうして、そもそも「映される」という非日常が介入した時点で、映された風景は「日常の風景」から遠ざかる。
だから、テレビが真実を映し出すもの、ということをぼくは信じていない。 続きを読む

近代論―危機の時代のアルシーヴ

近代論―危機の時代のアルシーヴ アルシーヴって言葉は知らなかった。安藤さんによれば、フーコーが『言葉と物』で見出し、『知の考古学』で発展させた概念だという。もともとは古文書や公文書、あるいはそれらを保管しておく施設を意味していたそうだが、フーコーはそれをあらゆる書物を混在させたまま収蔵するという意味で使用した。
安藤さんは、近代という時代を、あらゆるものが一つになろうとしている時代ととらえる。一元的な価値が貫かれるとともに、それに伴って固有の価値をめぐる紛争が勃発する時代。それが近代だと。 続きを読む

地域主権型道州制―日本の新しい「国のかたち」

地域主権型道州制―日本の新しい「国のかたち」  (PHP新書) まちおこしをやっていると、ときどき無力感にとらわれることがある。なるほど、観光収入を増やしたり、農産物のオンライン販売をしたりと、一定の効果を生む事業はあるだろう。成功している地域も少なくない。しかし、それが持続的なまちおこしにつながるのか。結局、大きなところで、東京への一極集中をとめることはできない。そんな風に考える瞬間がある。
先日もある地域情報化の集まりで、ほんとうに地域情報化は成功したのか、と問いかけた。いま、ぼくの地域でもADSLが開通し、光こそ使えないけれど、一応のブロードバンドが利用できるようになった。元気に活動しているNPOもあって、情報発信意欲も低い方ではない。
同じような状況が、日本各地で見られる状況になった。 続きを読む

さらば、“近代民主主義”―政治概念のポスト近代革命

さらば、“近代民主主義” 副題にあるように、ネグリがいわば自らの思想を総ざらえしながら、現代における政治的概念を読み解いていく。それが「革命」であるのは、ぼくたちが慣れてきた「近代」の枠組みを破壊し、その後(ポスト)にくる枠組みの構築を目指しているからだ。
ところで、現代の社会を位置づけるのに、近代の延長か(ハイパーモダン)、近代の終焉か(ポストモダン)という二つの立場がある。ネグリはもちろん後者なのだが、彼によると、近代とポスト近代を分かつのは次の3つの事象だという。
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普通の家族がいちばん怖い―徹底調査!破滅する日本の食卓

普通の家族がいちばん怖い―徹底調査!破滅する日本の食卓 徹底調査。223世帯に対して、自分の家のおせち料理とクリスマス料理をレポートしてもらう、しかも嘘をつけないように、写真とともに。
そこから見えたのは「破滅する日本の食卓」だと、岩村暢子さんは言う。
着眼点の良い調査だ。どちらも家族で過ごすものという通念があるふたつのイベントを比較する。同じような行事であるはずなのに、一方はエンタテイメントと化したクリスマス、一方は失われる伝統となったお正月。
もっとも、これはたしかに怖い本である。 続きを読む

帝国の条件―自由を育む秩序の原理

帝国の条件 自由を育む秩序の原理 橋本努さんの著作を取り上げるのは「自由に生きるとはどういうことか―戦後日本社会論」に次いで2度目だ。あのときぼくは、「本書で9.11やセカイ系について述べていないのはあえてそうしたのかな」と述べたのだが、本書ではまさに「9.11以降」がテーマ。なるほど、そういうことだったんだ。
「善き帝国」とは何かを提示する、骨のある著作だ。骨があるが、新書でのときと同じく、「はじめに」で内容をかいつまんでくれているので、よきガイダンスとなっている。 続きを読む

新「地域」ブランド戦略―合併後の市町村の取り組み

新「地域」ブランド戦略―合併後の市町村の取り組み ほんの数年前まで全国に3200あった市町村の数は、2007年4月に1800あまりになった。2005年から2006年にかけて相次いだ市町村合併。いわゆる平成の大合併によるもの。
その背景には、地方交付税の取り扱いの変更による、財政的危機を乗り切ろうとする論理があり、多くの場合、将来ビジョンは充分検討されていない。
同時期に創設された制度が「地域団体商標制度」だった。2006年4月の商標法改正により認められた、地域名を関した商標制度。
そして今、合併後の市町村は、地域のブランド化を進めることにより、地域イメージを確立し、地場商品のヒットや観光客の誘致などの経済的な効果につなげようとしている。 続きを読む

過剰と破壊の経済学―「ムーアの法則」で何が変わるのか?

過剰と破壊の経済学 「ムーアの法則」で何が変わるのか? (アスキー新書 042) 半導体の集積度は18ヶ月で2倍になる、というのがムーアの法則だ。1965年の雑誌記事内でゴードン・ムーアが述べた見解がもとになっている。
実際に計算量あたりのコストは、1960年頃からの20年間で1億分の1、ということは18ヶ月で半分という法則どおりに推移しているからすごい。
普通の技術は、最初はゆっくり立ち上がり、普及期になると急速に進化し、やがて天井をうつ「S字カーブ」を描く。半導体についてはこれがない。 続きを読む

わたしたち消費―カーニヴァル化する社会の巨大ビジネス

わたしたち消費―カーニヴァル化する社会の巨大ビジネス (幻冬舎新書) 副題にある「カーニヴァル化」というのは、鈴木謙介さんが前著『カーニヴァル化する社会』で指摘した、現代の若者は「瞬間的な盛り上がり(カーニヴァル)」に生きているとする議論をふまえている。
カーニヴァルにはサイクルがある。
なんかネタはないかなあと探す「模索期」、ネタに食いつき話題が盛り上がる「生成期」、ひたすらネタをもとにしたコミュニケーションの連鎖を楽しむ「カーニヴァル」、そして、自分たちの盛り上がりって根拠なんてなかったと気づいて落ち込む「倦怠期」。 続きを読む

アメリカン・コミュニティ―国家と個人が交差する場所

アメリカン・コミュニティ―国家と個人が交差する場所 なんというのだろう、愛すべき本だ。いいよぉって、薦めたくなるような。
9つのアメリカの都市、そこにおけるコミュニティが紹介されている。どのレポートからも、アメリカの大気と人々の息遣いが感じられる。「物語」を重視して選んだという渡辺靖さんの視点のゆえだろう。
国家と個人が交差する場所。この副題を前にしばし、立ち止まる。
国家という大きな単位。ひとりひとりの個人。それらをつなぐ存在としての、コミュニティ。位置づけとしてはそうに違いない。
しかし、「交差する」とは何を意味しているのだろう。 続きを読む

噂の拡がり方―ネットワーク科学で世界を読み解く

噂の拡がり方―ネットワーク科学で世界を読み解く (DOJIN選書 9) この十年で急速に進歩した分野といえば、先に紹介したゲーム理論もそうだけれど、ネットワーク科学もそう。
本書の特徴は、具体的な社会現象を取り上げつつ、ネットワーク科学を紹介しているところにある。「世界を読み解く」とはそうした姿勢を表している。
ネットワーク科学を用いて世界を読み解く楽しさって何だろう。
ひとつは、それがまさに今起こりつつあるインターネットという新しい社会現象に関連したものごとである、ということだ。 続きを読む

ゲーム理論で読み解く現代日本―失われゆく社会性

ゲーム理論で読み解く現代日本―失われゆく社会性 (叢書・現代社会のフロンティア) 鈴木正仁さんは、現代の日本社会を、高度成長期の「農村型社会から都市型社会へ」から、バブル期までの「都市型社会から高度都市型社会へ」を経て、現代に続く「格差型社会へ」という流れにあるととらえている。
その上で、社会現象を「意味性」と「社会性」を備えた人間行為の集計とした場合、現代においては「社会性」の崩壊が問題とされていると指摘している。
副題に表れたこの思いは、多くの人が共有しているのではないだろうか。
では社会性が失われゆくのは何ゆえか。 続きを読む

<海賊版>の思想―18世紀英国の永久コピーライト闘争

〈海賊版〉の思想‐18世紀英国の永久コピーライト闘争 そう、知的財産権というと今この時代のテーマであるけれど、それは18世紀にも闘争になっていた、古いテーマだったのだ。
山田奨治さんは、18世紀に行われた「永久コピーライト闘争」をじっくりと追う。そこに見られるのは、現代に起こってもまったく不思議ではない、既得権益者と新進の起業家の争いである(こんな先鋭的な争いが18世紀にすでにあったことにぼくは驚いた)。権謀術数を含め、その生き生きとした描写には、企業小説のおもしろさの趣さえある。 続きを読む

「元気村」はこう創る―実践・地域情報化戦略

「元気村」はこう創る―実践・地域情報化戦略 これが本題になっていてもおかしくない。そういう副題である。
むしろ普通なら「実践・地域情報化戦略―「元気村」はこう創る」ではないか。この、あえて副題的な一文をタイトルにした姿勢に、本書のネライを深読みすることができるかもしれない。
そこに読み取れるのは、熱い思いだ。まとめ方はガクジュツ書的なアプローチなのだけれど、編者・著者らとしては直接実践者に訴えかけたい。仲間を広げ、日本を元気にしたい。そういうメッセージを優先して、メインタイトルは選ばれたのだろう。 続きを読む

<病>のスペクタクル―生権力の政治学

「病」のスペクタクル―生権力の政治学 生権力というのは、西欧の近代社会で行使されている権力を名づけた、フーコーによる造語だ。美馬達哉さんが第四章「<生>のテクノスコープ」で行っている解説を参考に、少しまとめておこう。
君主が絶対的だった封建社会では、人々は、従わなければ殺されるという「死の権力」に縛られていた。民主化が進んだ近代において、人々は「死の権力」から解放される。そして「命をたいせつにし、社会に奉仕する」という考え方が広まる。
でも、それもまた一種の権力ではないか。そうしたいわば「生権力」が支配的になっているのが、近代社会ではないか、というのが、フーコーの見立てだ。 続きを読む

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書) ネットはときに、集団行動の契機となる。ネットイナゴと呼ばれたり、フラッシュモブと呼ばれたり、呼び方はさまざま。
ブログにコメントが殺到する「炎上」も、ある団体への支援に賛同者が殺到するのも、集団行動。それは「暴走」とみられる場合もあれば、「可能性」と感じられる場合もある。
荻上チキさんは、ネットを介した集団行動を、特定の立場から価値付けすることはしない。それが起こる背景を、あるいはその影響を考えるための素材を、豊富な事例とともに提供する。 続きを読む

子どもが忌避される時代―なぜ子どもは生まれにくくなったのか

子どもが忌避される時代―なぜ子どもは生まれにくくなったのか すばらしい本だ。
そう、現代は「子どもが生まれにくくなった」時代だ。少子化対策がとられてもいる。しかしそれらがどれほど実行力を持つか。
少子化を母親の、あるいは家族の問題としてとらえる傾向がある限り、子どもが生まれにくくなった真相は見えてこない。
本田和子さんは言う。少子化とは近代化の病だと。それが「なぜ」への答えだ。 続きを読む

失われた民主主義―メンバーシップからマネージメントへ

失われた民主主義―メンバーシップからマネージメントへ 必読。
ソーシャルキャピタル、地域コミュニティといった方面に関心を持たれている方にぜひお薦めしたい。
コミュニティについて語るとき、今もっとも参照されるのはロバート・D・パットナムによる「ソーシャル・キャピタル」の考え方だろう(『孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生』など)。町のボウリング連盟に見られるような、強固な地元コミュニティが、市民の参加性を高めてきたというのが彼の議論だ。
同じく地元コミュニティや家族や隣人の交流を重視するのがコミュニタリアンによる市民社会論。 続きを読む

NGO発、「市民社会力」―新しい世界モデルへ

NGO発、「市民社会力」 これは、「新しい世界モデル」についての本。
構成がとても親切。
第一章で、ぼくたちは「新しい世界モデル」が必要とされるようになった時代背景を知る。第二章は「新しい世界モデル」についての概説だ。 続きを読む

ゲームニクスとは何か―日本発、世界基準のものづくり法則

ゲームニクスとは何か―日本発、世界基準のものづくり法則 (幻冬舎新書) 主題で「何か」と問い、答えを抜き出したのが副題になっている。
本書のポイントをついた副題なので、これを下の方から読み解いてみよう。
まずは「法則」だ。
サイトウ・アキヒロさんは本書で、日本のゲーム作りの裏にあった経験則を言語化し、「法則」として普遍的に記述しようとしている。
それを名づけたのが、ゲームニクスだ。 続きを読む

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